繊維多めのシリアルを食べ過ぎて下痢!ウォーキングや階段上りをするがすぐ挫折

ニックネーム:mayO

出産を経験した年齢:29歳

妊娠中に役立ったものは?:無印良品の授乳ブラ。授乳用に買いましたが、綿100%で肌にも優しく、締め付けもなかったので妊娠中から愛用していました。

早すぎて心拍確認できず!確認ができホッとし当たり散らされていた主人もホッ

最初、検査薬で陽性が出てすぐに産婦人科に行ったのですが、心拍が確認できず、「稽留流産だったら掻把手術をしなきゃいけないね」と医師にストレートに言われてしまい、大ショックを受けました。

今思えば心拍が確認できるのは5週目より後なので、病院に行くのが早すぎただけの話でした。

何せ妊娠は初体験だったので、「流産してたらどうしよう」とか、「喜んだ気持ち返して」とか、結構な情緒不安定になって主人に泣きながら当り散らしていたほろ苦い思い出。

よく受け止めて(流して?)くれたなと頭が下がる思いです。

何週間かそんな日が続きましたが、7週目でやっと心拍が確認でき、とてもホッとしてすぐに主人にLINEしたのを覚えています。

主人も別の意味でホッとしたのではないでしょうか(笑)

 

 

妊娠した幸せより我慢せずにおやつが食べられる思い!胎動もなく実感がない

妊娠するまでは地元のチームでスポーツをしていて、結構本気でやっていたのでおやつなど我慢していたのですが、妊娠が分かって一番最初に思ったのは、「赤ちゃんができて幸せ?」とかではなく、「これで我慢せずにおやつが食べられる!」でした。

つわりも始まっていましたが、吐いたりはせずただ酔ってるような状態が続く比較的軽いものでした。

「うー気持ち悪い」とか言いながら気持ち悪いのにおやつを食べて満足と後悔が入り乱れていました。

おかげで妊娠初期なのに体重がずいぶん増えてしまって、後々管理が大変でした。

赤ちゃんは、お腹の中で元気に動いていて、行くたびにちょっとずつ大きくなっていました。

胎動もまだない時期だったので、特に実感なく過ごしていました。
 

 

食欲に悩まされどんどん太る!便秘解消にシリアルを食べ摂りすぎで下痢

妊娠中期に入ると、便秘と食欲に悩まされました

食欲は、ちょうどつわりが終わったぐらいにお正月を迎えて実家に帰省してしまったので、ネットで「今の食生活は豊かなので2人分も食べる必要はありません」という情報を得ていたにも関わらず、「2人分とはいかないまでも、1.5人分ぐらいはいるよね」と自分で勝手に解釈して、どんどん食べてどんどん太っていました。

自分の実家に行った後、義実家にも帰省したのですが、そこで出てきたすき焼きも食べ過ぎて、お義母さんドン引きでした。

便秘は、この後も慢性的に悩まされたのですが、太ってきていたのも重なって、お正月明けくらいからなんとかせねばと思い始め、繊維多めのシリアルを食べるようにしていました。

このシリアルも例によって食べ過ぎてしまうので、食物繊維摂りすぎで便秘の後よく下痢もしました。

体重計に毎日乗ってカレンダーに記録していたのですが、下痢になった日が検診の前日とかだと、なんだか得した気持ちでした。

健診後のおやつは最高においしかった!
 

 

体が重くて重くて億劫!妊娠線のケアをしていたのに出てきてショック

妊娠後期はひたすら体が重くて重くて…。

ウォーキングとかしたほうがいいらしいけど、動くとすぐしんどくなるし、階段上るのがしんどくて、いつもなら3階ぐらいまでは階段で行くところを、2階でもエレベーターを使ったりしていました。

じっとしていたらそれはそれでお腹が重くて、何をするにも億劫で、家事もだいぶさぼりがちになりました。

ただ、赤ちゃんの胎動が嬉しくて、胎動が大きくなってきてからは、お腹のムービーを何回も撮ったり、大きいお腹の写真をとっては前の週の写真と比べたりして、一番妊娠を楽しんでいた時期だと思います。

これが最後かもしれないと思って、主人に留守をまかせて友達と温泉旅行に行ったりもしました。

ショックだったのは、高価なオイルを何本も買って妊娠線のケアを妊娠初期からしていたにも関わらず、9か月を過ぎたぐらいにお腹の痒みを感じて、見てみたら妊娠線ができていたことです。

あの努力はなんだったのかとがっかりすると同時に、これだけ皮下脂肪がついているにも関わらずこれだけの妊娠線ですんだのはオイル塗ってたおかげだと、自分に言い聞かせたものです。

 

 

破水から始まりただ耐えて待つのみ!安堵感とやりきった達成感で食事完食

私の出産は破水から始まりました。

上位破水だったっぽく、ちょろちょろと羊水が出てくる感じで、その後陣痛も始まったので、夜の9時ごろに病院に行きました。

この時点で子宮口まだ1㎝。10分間隔の陣痛が一晩中続いて、全然眠れませんでした。

主人もまだまだ産まれなさそうということで帰ってしまい、仕方ないので、陣痛のあった時間を記録したりして、ごまかしながら一人不安な一夜を過ごしました。

翌朝に、破水始まりということで促進剤を打たれたのですが、結局生まれてきたのは夕方6時前。

助産師さんも若手の方で、陣痛が来た時にお尻をおしてくれるのですが全く気持ちよくなく、主人も押してくれるけど当然楽にはならず。

子宮口もなかなか開かなかったので、もう時計を見るのも、時間を聞くのもやめて、ただ耐えて待つのみという悟りの境地に達しました。

なので、やっと赤ちゃんが出てきたときは、「あぁ、やっと終わった…」という、安堵感とやりきった達成感で、出された食事をとりあえず全部食べました。

 

 

何かの理由で深夜泣きながら授乳!赤ちゃんが笑った瞬間は忘れられない

出産後は、あんなにも神経質になるとは思ってもいませんでした。

赤ちゃんは小さくて頭ぐらぐらで落としたらすぐ死んでしまいそうなほどか弱弱しかったです。

悪露も出るし、おっぱいも昼夜問わず3時間おきにきっちりあげなきゃだし、母乳は出始めたけど左右で出方が違いました。

里帰りしていた実家の父親とは折り合いも悪くてすぐ喧嘩になるしで、毎日何かの理由で深夜泣きながら授乳していました。

今思うとホルモンのバランスが乱れて不安定になっていたのでしょう。

当時はとてもつらかったです。

でも赤ちゃんの体重が日々増えていくのは嬉しかったし、なんの反応もなかった赤ちゃんが笑った瞬間は忘れられません

うつ伏せで頭が持ち上がったときなどは、クララが立ったぐらい嬉しかったのを覚えています。

 

 

これから出産される方にアドバイスお願いします

妊娠も出産も、何ならその後の子育ても命がけなのだけれど、生命の営みにとって重要な役割を果たせていると、自信をもっていいと思います。

何か壮大な感じもするし、私の場合、食べ物のことばっかり考えていたような気がする妊娠生活でしたが、新しい命に出会えた時に、本当に、生命の素晴らしさがわかったような気がしました。

妊娠中は辛く、陣痛も出産も想像以上に痛いけれど、あの痛みがあれば大概のことは我慢できたりもします。

自分が次のステージに進むためのハードルを越える行事だとポジティブに考えて、もがきながらも妊娠出産を乗り切りました。

涙もたくさん流して、産後の不安定な自分も受け入れられたらその後の子育てにも、自分にとってもプラスになると思います。
 

 

 

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