妊婦さんだよというマタニティウエアは好きになれない!母乳は出ない人は出ない

ニックネーム:banana

出産を経験した年齢:27歳、29歳

妊娠中に役立ったものは?:反発のあるクッション

悪阻が始まりしんどいなぁ!少し食べれて検診で子供の成長を確認でき嬉しい

妊娠がわかった時は嬉しかったです。

その後すぐ悪阻が始まり、げっそりでした。

母子手帳をもらうタイミングも悪阻真っ盛りなので、手帳のことよりも、しんどいなぁ早く帰りたいなぁとずっと思っていました。

家で自分が横になっていたり辛そうにしているのを見て主人は、口にこそ出しませんが、いったいなにがそんなにしんどいのという感じでした。

自分にとって悪阻の期間はとても長くて苦しいものでしたが、悪阻が和らいで少しずつ食べられるようになったり、産婦人科の定期検診で子供の成長を確認できることがとても嬉しかったです。

2人子供を出産した経験がありますが、特に2人目の出産を控えていた時は主人と母とで上の子を見てくれており、安心して出産に臨めたことがとてもありがたかったです。

精神的にも周りの助け無しでは決して乗り越えられなかっただろうなと思います。

 

 

生活の変化はあまりない!赤ちゃんや自分の体を大事にしてあげようと割り切る

普段は正社員として働いていたので生活の変化はあまりありませんでした。

悪阻がしんどくて会社をポツポツと2日3日休んだことはありました。

病気でもないのに休むんだと思われるとか色々考えることもありましたが、その時ばかりは正直赤ちゃんや自分の体を大事にしてあげようと思い割り切っていました。

本当にしんどい時は会社休みましょう!と言いたいです。

また、初期はとにかく悪阻がいつまでつづくのだろうという先の見えない不安から、ネットで悪阻について検索をしまくっていました。

今となってはそんなのは人によって違うし、ある日を境にピタっとなくなるものではないので考えるだけ無駄だったなと思います。

食材の買い出しはスーパーの匂いが気持ち悪くて行けなかったので、出来合いのものを主人に買ってきてと頼んでいたと思います。

それも食べられるものは少なかったですが、だいぶ助けてもらいました。

 

 

ポテトチップスとフライドポテトが無性に食べたくなり体重管理が大変

軽い悪阻が残っていましたが、特定のものかすごく食べたくなりました。

ポテトチップスやフライドポテトなどが無性に食べたいと思うことがあって、体重が増えすぎないように食事をコントロールするのが大変でした。

普通に生活していると1週間に1.5㎏くらい増えてしまうこともありました。

産婦人科の先生から何か特別に言われることはありませんでしたが、自分の性格上とてもストレスを感じやすくなっていました。

5ヶ月ほどで外から見てお腹がぽっこりしているのがわかるくらい出ていたので妊婦さんだと認識されやすかったです。

1人目の時は妊娠が嬉しかったこともあり、張り切ってマタニティ服や帯を買い揃えました。

しかしお腹をしっかりめに覆われるのが苦しいと感じ始めてすぐに使わなくなってしまいました。

ですので初めての方は身近な方の意見を聞かれるといいと思います。

マタニティ服ってけっこうお値段する割に、出産したら不要になりますし売ることも難しいので買いすぎは注意だなと思います。

また個人的にですが、「わたしは妊婦さんだよ」という格好は好きではないという結論に至りました。

 

 

お腹がいつも苦しくトイレが近くなる!腹部の体毛が濃くなり胎動と股関節が痛い

お腹がいつも苦しかったです。

寝る時は横を向いて股にクッションを挟むとらくでした。

トイレがとても近くなって、夜は多いと2回くらいは起きて行っていました。

お腹はパンパンでしたが、ありがたいことに何もしなくても妊娠線はできずにつるつるのお腹でした。

きっと伸び代があったのだと思いますが。またお腹の皮が引っ張られているせいかとても痒かったのを覚えています。

あと体毛ですが、腹部の毛がとても濃くなり、手足の毛は薄くなりました。

胎動が割と後期までしっかりあったので、とても痛かったです。

股関節もたまにぐっと広げられる感じがあって痛かったです。

じっとしている時の方が感じやすく、きちんと成長しているなと感じられる瞬間でした。

 

陣痛が強くなるが子宮口が広がらず帝王切開!苦しみから解放されぼんやりする

陣痛促進剤を投与から始まり最終的に子宮口が広がらず帝王切開になりました。

定期的に看護師さんや先生が見にきてくださったのですが、子宮口に刺激を与えるための作業がめちゃくちゃ痛かったです。

それと陣痛は強くなるばかりなので地獄でした。

耐えられずに2日目の夜に帝王切開をお願いすると、主治医の先生に「よくがんばりましたね」と言われ、そのとたん子供みたいに泣きました。

なんだか色んな感情が込み上げてきたのを覚えています。

痛くてもあまり感情を出さずにずっと我慢してたことや、自然分娩出来なかったという感情でだったと思います。

やっと苦しみから解放されたという気持ちのほうが大きくて、子供が産まれた時もぼんやりしていました。

それと同時に、他のお母さんたちをすごく尊敬しました。

とても毛深い赤ちゃんだなと思った覚えがあります。

 

 

防音もない古い田舎の家で不安!何枚も写真を撮り新生児微笑がたまらない

産後1ヶ月は実家に帰省しました。

実家は古い田舎の家なのでどうなるかなと不安でした。

新築の家ほど防音ではないですし、お風呂も狭いです。

とくにお風呂は、自分は帝王切開後でしたので子供と一緒に入ることができなかったですし、子供が冷えないように母と協力して手際よく済ませないといけませんでした。

1人目の時は子供のことに必死になりすぎて腱鞘炎のような感じになってしまい、テープをぐるぐる巻いていました。

今思えば、泣いたらおっぱいを吸わせればいいだけのことだったのに、看護師さんから言われた「3時間起きのおっぱいとミルクを続ければおっぱい出るようになる」を信じすぎていました。

正直出ないもんは出ないです。

子供は可愛くてスマホで毎日何枚も何枚も写真撮っていました。

たまにする新生児微笑がなんともいえなかったです。

 

 

これから出産される方にアドバイスお願いします

考え込まず周りの人に甘えて出産までの期間を楽しんでください。

出産は大変ですが、お腹の赤ちゃんもお母さんと一緒に頑張っています。

取り乱したっていいのです。みんな同じです。

 

 

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