切迫早産入院後出産へ!心拍が弱くなるが先生の励ましで勇気をもらい無事出産

ニックネーム:まつりの

出産を経験した年齢:33歳

妊娠中に役立ったものは?:トコちゃんベルト2

諦めてすぐに妊娠が分かりびっくり!嬉しい気持ちと今後の不安で素直に喜べない

待ち望んでいた妊娠は、市販の陽性反応でわかりました。

嬉しい反面「まさか本当に妊娠するとは!」とビックリでした。

それまで婦人科に通いタイミング療法や漢方を処方されて通院していたものの、なかなか妊娠に至らず治療を止めてこれからは主人と自分のために生きようと考えていたからです。

また、フルタイムで仕事をしているので、この妊娠をどうやって報告しようか、妊娠や出産に伴い退職が多い職業なので自分も辞めなければいけないのかと妊娠を素直に喜べませんでした。

望んで就いた仕事だったので恥ずかしい話、自分のことばかり考えていました。

それに、それまでは夫婦2人で好きなときに旅行に行き、食事し、趣味に楽しんでいましたが、これからはそれも制約されるかもしれないという気持ちが先にでてしまい、嬉しい気持ちと今後の不安とでごちゃまぜになっていました。

あんなに望んでいた妊娠なのにどうしてこう素直に喜べないのか、どうして先の不安ばかりを考えてしまうのかと自己嫌悪でした。

 

 

何をしても吐き気が辛い!主人に愚痴ると妊娠やめる?という言葉に喧嘩になる

妊娠が病院の検査でも明らかになってからは、なるべくお腹のことを考えるようになりました。

そして、葉酸、鉄分、カルシウムなどのサプリメントを積極的に取るようにしました。

またつわりが出始め、酷くはありませんが水を飲んでも寝てもお風呂に入っても炭酸を飲んでもとにかくなにをしても常に吐き気がありました。

安定期に入るころまでじわじわと続いたこのつわりはとにかくしんどかったです。

つわりで戻すにも関わらず、お腹が異様にすいて、出先では常にグミやガムなどを携帯して食べていました。

吐きたくないのに吐いてしまうたびに、主人に愚痴をいっていました。

「もうやだ!妊娠つらい。仕事もどうすればいいか分かんない。もうこんなの嫌だ」と毎日のように言っており、さすがの主人も辟易したのか、「じゃあ妊娠やめる?(堕ろす?)」という言葉を聞いたときは頭が真っ白になり、怒っていました。

「違う!そうじゃない!聞くのは嫌かもしれないけど、ただそうだねと聞いていてほしいだけ!」

妊娠初期の辛かった気持ちをただ吐き出したい、共感してほしいというのが常にありました。

 

 

公園に散歩したりなるべく歩いて生活する!つわりが治まり歯医者に通院する

安定期に入ってからは、つわりが嘘のようにおさまりました。

もう「やったー!」の一言しかありませんでした。

そしてとあちこちでかけていました。

体力が低下していたので、休日は近所の公園に散歩に行ったりとなるべく歩いて生活していました。

このころからトコちゃんベルト2も使用し始めました。

早産防止と重たくなってくるお腹に対して腰の負担が大きくなるので、腰痛対策になるかと使っていました。

とにかくつわりがおさまった嬉しさでいっぱいで、吐き気がない生活がこんなに楽なのかと食事にも妊娠生活も楽しんでいました。

また、つわりが落ち着いたので、この時期に歯医者に通院していました。

虫歯になりやすいと両親学級で聞いていたので今がチャンスかなと思いました。

今思うと、この時期に通ってよかったと思います。

 

 

切迫早産と診断され即入院!赤ちゃんも頑張っているんだと入院生活を乗り切る

29週目あたりのとき、妊婦検診で切迫早産と診断され、その場で即入院となりました。

は!?切迫早産?私が??なんで!!」が最初の感想です。

前回の診断までずっと順調にきていたので寝耳に水で、全く予想外の診断をされビックリしました。

病院がパジャマや入院に必要な道具一式を揃えていたので本当に身一つで入院しました。

車椅子で移動する中「私はいまどういう状態なんだろう。赤ちゃんは大丈夫なの?車椅子なんて大げさじゃないの?なんで?」と不安でいっぱいでした。

大部屋に移されベッドに横たわり有無を言わさず点滴をされたときは、赤ちゃんは今危険な状態なのかもしれないと泣いてしまいました。

ちょっとでも動いたら子宮頸管が縮まって赤ちゃんがでてしまうんだ!

こんなに小さい段階で生まれたらどうしようと前日までウロウロと歩き回っていた自分を恨みました。

24時間張り止めの点滴、2,3日に1回点滴の場所を変え、毎日ベッドで内診、3、4日に1回、主治医による検診が35週を過ぎるまで行われました。

凄く不安でしたが、隣の妊婦さんたちもみんな同じように不安を抱えてそれでも頑張っているんだ。

私だけじゃなくって赤ちゃんも頑張っているんだ。

赤ちゃんのためにも弱音は吐けないと入院生活を乗り切りました。

 

 

赤ちゃんの心拍が弱くなる!院長先生の励ましで勇気をもらい無事出産になる

出産は計画分娩でしたので、当日陣痛促進剤を投与して出産になりました。

陣痛の間隔も正常で赤ちゃんの心拍も問題なく、だんだん降りてきて子宮口も開いていたのですが、破水後、最後のところで赤ちゃんが降りてこないままへその緒が絡まったのか赤ちゃんの心拍が弱まりました。

自分の体の向きを変えたり起きたりしてみても心拍は弱いままだったので、LDRで主人の立会分娩だったのですが、急遽帝王切開の可能性があるとのことで処置室にベッドのまま移動しました。

心拍が下がってきたと言われるたびに泣きそうになるのを堪えていたのですが、最後に帝王切開を聞いて泣いてしまいました。

初めての妊娠で、つわりを体験し切迫早産になり、やっと出産というときにまたここでも問題がでるのかと愕然とし、赤ちゃんでは無事に産まれて!という思いしかありませんでした。

帝王切開の同意書に主人も私も記名して準備に入るとき、病院の院長先生が駆けつけてくれて、もっかい自然分娩で頑張ろうと言われました。

「僕はこれまで2万人以上の赤ちゃんを取り上げてきた。僕がダメならどの医者がやってもダメ!でもあなたの赤ちゃんはもうすぐ下まできているから大丈夫!」!との言葉に勇気をもらい、2回いきんだあと無事産まれました。

赤ちゃんの産声を聞いたときは、感無量でした。

「大きな産声だな。思ったより髪の毛あるなぁ。小さいなぁ。本当に赤い色をしているなぁ」と自分も泣きながら思いました。

無事に産まれてよかった。

本当に感謝しかありませんでした。

 

 

ひたすら抱っことおっぱいの生活!一人不安になってあれこれ考えすぎていたと気づく

赤ちゃんは昼夜関係なく泣いておっぱいを飲んで寝て、また泣いてを繰り返しました。

抱っこをしていないとずっと泣くので、常に私は座ったままでした。

座っ状態で手が届くところにお茶や食べ物、クッションなどを置いてひたすら抱っことおっぱいの生活でした。

細切れ睡眠がこれほど辛いとは予想しておらず、また産後のくたびれた状態で主人の両親が自宅に赤ちゃんを見に来ると言われたときは、「掃除もできていない!こんなに散らかった状態で呼べるわけないじゃない!」と主人に泣いて当たり散らしていました。

なんで私はこんなに頑張っているのにのんきにいれるの!と八つ当たりに近いことを主人に言っており、軽く産後ノイローゼを患っていました。

幸いにもお義母さんは「散らかってて当然や。寝てなさい。赤ちゃんは息子と私らが見てるから、今はゆっくり安静にしなさい。」と優しく言ってくれたので、一人不安になってあれこれ考えすぎていたんだなと気づきました。

私だけでなく主人が交替して赤ちゃんの面倒をみてくれたときは、本当に助かりました。

 

 

これから出産される方にアドバイスをお願いします

妊娠はすぐにできるものではありません。

まさに奇跡です。

妊娠経過とともに心身ともに変化がでてきます。

出産までもしかしたら周りに当たり散らしてしまうかもしれません。

それは仕方ないことかもしれませんが、常に支えてくれる人たちに感謝を忘れず、けれど自分の心と体を大事にしてください。

赤ちゃんとの生活はとても楽しいです。

自分の悪いところも見つめさせてくれます。

どうか、恐れず、楽しんでください。

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